COOK
鈴木慶一くんと、
非時事放談「月光庵閑話」。

矢野顕子をほめる。(2)
あっこちゃんには「絶対リズム」がある。

糸井 あっこちゃんに最初に会ったのって何歳くらい?
鈴木 あっこちゃんが19か20歳くらいじゃないかな。
俺は22、3。最初に会った時からすごかったもんね。
『火の玉ボーイ』というアルバムを作る時に、
「こりゃすごい人だ」っていうんで
キーボードを弾いてもらったんだよ。
野田 きっかけって、何だったんですか?
鈴木 矢野誠さんの紹介かな。
当時から、すごいキーボードを弾く女の人が
いるっていうんで、ティン・パン・アレーとかから
引っ張りだこになりつつある時で。
糸井 ティン・パン・アレーのアルバムには、
あっこちゃんはもう入ってた?
鈴木 入ってると思う。ティン・パン・アレーって
スタジオミュージシャンの集団として存在してて、
それこそいろんな人のバッキングをしてたし、
それで、レコーディングに来てもらった。
『スカンピン』っていう曲なんだけど、
エンディングを、あっこちゃんのエレピだけ残して
フェイドアウトしていこう、というふうにした。
それで、それだけを聞いてみたら、
すごいリズムがあるわけだよ。
あの人、一緒にやって、どこがやりやすいかって言うとね、
弾いている途中に、16ビートをガンッて
入れてくれたりするんだ。ドラムがないから、
たとえばハイハットを叩いているわけじゃない。
ビートを刻むものは互いの頭の中しかないところに、
そういう「見えないリズム」が見えだすわけ。
糸井 それは、彼女が、慶一くんのために入れてあげてるの?
鈴木 いや、いつでも入っている。
極端に言えば、なにも鳴ってない時も。
だからそれがビート感になるわけだよね。
一緒にやってて、それを聞いていれば、
リズムから逸脱しないから、やりやすいんだ。
糸井 そうすると、「絶対音感」みたいに……。
鈴木 「絶対リズム」がある。
糸井 そうすると、最初から、慶一くんは
同じミュージシャン仲間として、
かっこいいなあとか、好きだなあとか思ってたんだ。
鈴木 まず最初に感じたのはドライブ感だよね。
糸井 なるほどなるほど。
鈴木 そのリズムのすごさ。
あと、「ヴェロシティ」といって、音量の小さい大きいの
使い方。ちっちゃいと思うとドワン! と来たりさ。
糸井 それはお客にもわからせるように、よく伝えているよね。
鈴木 そういう音量の大小、四分音符じゃない、
もっと細かい譜割りによるリズムをガンッと
入れてくれることによって、
一緒に演奏している人は助かるんですよ。
糸井 じゃあ、慶一くんの演奏も、うまくいくんだ。
鈴木 ウン。
ともすると、2人でやっていると、
走っちゃったりとかさ、リズムがずれたりするじゃない。
ところがあっこちゃんのピアノを聞いてると絶対大丈夫。
糸井 そうか、俺、前にあっこちゃんに呆れたことがあるんだよ。
“ドラムといえばポンタ”っていうくらい、
村上ポンタ秀一って有名な人じゃない?
あの人の信頼感ってすごくある、って、思っていたわけ。
ところが、ポンタとレコーディングしている時に、
あっこちゃんは、
「ポンタ、走るのよねぇ」って。
リズム・キープするドラムに対して、矢野が、
「走るのよねぇ」って言ってるって、
「キミはなんなんだ!?」と思ったよ(笑)。
鈴木 怖いのはね、2人でライブをやっているのに、
時々、弾かなくなっちゃう時があるわけだよ。
ここはギターだけにしておこう、っていう現場判断で。
その時、怖いんだ。
糸井 バトンタッチされちゃうんだ(笑)。
鈴木 梯子を使って屋根に上ったけど、
梯子を取られちゃった、っていうような感じ。
あれ、どこに行っちゃうのかな? って。
そんな時、ちっちゃな声で、
「ワン、トゥー、スリー、フォー」って
カウントが聞こえてきたりすると、
「あれ、俺って走ってんのかな?」っていう
強迫観念に狩られるよ。
糸井 それ、ライブでも聞いたことあるような気がするなあ。
鈴木 客席まで聞こえてない時でも、じつはカウント言ってるよ。
糸井 このウラ話は面白いなあ! 聞いていて、
舞台に上っているような気がするもの。
ちょっと怖いような……。
そんな人は、やっぱりいない?
鈴木 いないな。
それで、間奏をすごく自由に弾いていて、
「あれ? このまま戻れるのかな?」
という時に、ちゃんと、ドスンって、戻るんだよ。
さあ、次の歌のアタマです、ってところににね。
だから、確実に、安心。多少間違えるかもしれないが。
非常に鍛えられる感じ。
糸井 きっとそれはひとりで演っている時も同じなんだろうし。
鈴木 同じだね。同じだからたぶん、テンポ、変わってないと
思うよ。変える時は意識的に変えているんじゃない?
糸井 そうか、「絶対音感」っていうのは、去年から今年、
本が出たおかげでみんなが語ったけど、
「絶対リズム」っていうのは……。
鈴木 うらやましいよ、すごく。
どっちもうらやましいけど。
糸井 絶対音感のある人は、けっこうヤダって言ってたよ。
鈴木 うるさいみたいだね。
糸井 うるさいらしいね。みんな音階に聞こえるんだって。
豆腐屋のラッパまで音階に聞こえるらしい。
鈴木 たとえば、(コップを爪で叩いて)こういう音でも、
「ミ」とかわかっちゃうらしいから。
糸井 前にね、あっこちゃんとトーク・ライブで
嫌いな音についての話をしたんだ。
「嫌な音って、ない?」
って聞かれたんです。
「俺は音については鈍いから、わかってないと思う」
と答えたら、
「私は、嫌な音っていうのは、骨が折れる音」
って。
鈴木 うひゃあ。それは、俺だって嫌だよ。
糸井 指を引っ張るとポキッていうじゃない?
ああいう音が、全部嫌なんだって。
で、好きな音っていうのは「クラフトワーク」なんだって。
鈴木 なるほど、一定だもんね、リズムが。
糸井 前に坂本龍一くんと話した時も思ったんだけど、
レコーディングの時に何が一番時間がかかるかっていうと
音色(おんしょく)を探すことだって。
多分慶一くんもそういうところがあると思うんだけど。
鈴木 うん、そうだね。
糸井 音の色、みたいなものを、相当、あっこちゃんも
意識しているんだって。
「いい音で、音楽をやりたい」
って気持ちが、すごく強いんだって。
それでクラフトワークが好きだって聞いて、
ちょっとショックを受けて。
それで俺、まとめて買ったんだよ。
鈴木 クラフトワークは、いい音だよ。
単純な音だけど、その単純な波形のなかで、いい音だよ。
糸井 言われてみると確かにそうでね、
聞こうと思って聞いても確かにいいし、
聞かないつもりで聞いていても邪魔にならないし。
ああ、なるほどな、こんなに古い時代に、この人たちは
「いい音とは」って考えてたんだな、って。
遡って考えると、サウンドの色合いについて、
いちばんうるさいことをやっていたのって、
昔の人ではジョン・レノンかな。
鈴木 そうかもしれない。
自分の声が嫌いだからね、あの人は。
糸井 ほう。
鈴木 自分の声が嫌いで、エンジニアに
「変な声にしてくれ、変な声にしてくれ!」
ってやってるうちに、エフェクターをいっぱい
開発してしまったわけだよ。
でも、ちっとも悪い声じゃないじゃない。
歌も、しゃべってる声もかっこいいし。
でも、ジョン・レノンは自分の声が嫌でしょうがない。
それで「Tommorrow Never Knows」みたいなさ、
ラジオ・ボイスみたいな音が生まれるわけだよ。
ポール・マッカートニーは多分、
自分の声が好きなんだと思う。
糸井 もう、ウットリしてるよね。
鈴木 絶対ウットリしてる。

1999-09-07-TUE

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